人間工学とは、人間の能力や限界を考慮して、作業環境や製品を設計する学問を意味します。難しいですよね。簡単に言うと、人間の体や心に合わせて物や仕組みを工夫する学問です。
もともと古代エジプトや古代ギリシアの時代にも、作業の効率性を考えた工具や設備が使われていたと言われていますが、具体的な学問として研究されるようになったのは、産業革命以降のことです。産業革命で機械化が進み、機械が人間の能力を超えた働きを要求するようになると、災害や事故の原因にもつながることが懸念されてきました。そこで、機械や装置を作るにあたっては、まず使う側の人間の機能や能力を知ったうえで、人間本位の設計をすべきだ、という考えが出てきました。これが人間工学の基本思想です。
特に第二次世界大戦中には、兵器や航空機の設計において、人間の使用に適したデザインが求められ、この時期に認知心理学や生理学の研究が進み、実際の使用者を考慮した設計が重視されるようになりました。
ちなみに人間工学はよくエルゴノミクス(Ergonomics)と呼ばれますが、これはギリシア語で「作業」を意味する「Ergon」と、「管理」や「法則」を意味する「Nomos」という単語を合成した造語で、ヨーロッパではこのように呼ばれています。アメリカでは人間工学はヒューマンファクター(Human Factors)と呼ばれています。
-日本での人間工学
日本で人間工学に関心が持たれるようになったのは1955年頃と言われています。
1960年に国際人間工学協会が作られ、1966年に日本人間工学会が創立されました。家具の話で言うと、1952年に学校用の机やイスのJIS規格ができていますが、これは戦後の混乱期に粗悪品防止を目的として作られたもので、人間工学を大幅に取り入れた新しいJIS規格ができたのは1966年でした。ところが、人間工学の権威である千葉大学名誉教授の小原二郎研究室が1965年~1967年にかけて全国の小学生18,000人を対象に行なった調査によると、机やイスの寸法が体に適合している児童の割合はわずかに1.3%という結果でした。
そして1980年にようやく、文部省で学校に使う家具の規格が制定されました。この際、「学校用家具の手引」という指導書が全国の教育委員会に配布され、学校での家具の規格は大幅に改善されることになります。
-家具がない国、日本
学校に使う家具の規格が制定されてから半世紀ほど経つわけですが、ヨーロッパなどと比べるとかなり出遅れていることになります。
それもそのはず、西洋では古代ギリシアの時代から使われていたイスですが、いわゆる西洋式のイスが日本の家庭に普及し始めたのが1950年前後と言われています。先のコラムでも触れたようにトーネットは1819年創業ですし、アルヴァ・アアルトらによってアルテック(artek)が設立されたのは1935年のことでした。
明治のはじめに日本に来た西洋人は、庶民の家の中に家具がないことに驚いたという記録が残っています。今でこそLDKというように部屋によって役割が分かれ、各部屋に家具が置かれている生活が当たり前になっていますが、昔の日本では畳の部屋の中にちゃぶ台を置いて食事をし、寝るときにはちゃぶ台を片付けて押し入れから布団を出してきて敷いて寝るといった、「家具のいらない生活」が普通に行われていました。これははるか昔のことではなく、おそらく40代以上の方はドリフターズの土曜日のバラエティ番組で、コントの中でそういった光景が再現されていたことを覚えている人も多いのではないでしょうか。
さて、次回は、日本のインテリアの歴史についてお話します。
参考文献:住空間の計画と設計のための科学 新装 インテリアの人間工学/小原二郎監修 渡辺秀俊、岩澤昭彦著